《挪威的森林》(14)

突撃隊はある國立大學で地理學を専攻していた。

 「僕はね、ち、ち、地図の勉強してるんだよ」と最初に會ったとき、彼は僕にそう言った。

 「地図が好きなの?」と僕は訊いてみた。

 「うん、大學を出たら國土地理院に入ってさ、ち、ち、地図作るんだ」

“突擊隊”在某國立大學里攻讀地理。

“我呀,正在背地……地圖。”第一次見面時,他對我說道。

“你喜歡地圖呀?”我問道。

“唔!大學畢業以后,我想進國土地理院去做地……地圖。”

 なるほど世の中にはいろんな希望があり人生の目的があるんだなと僕はあらためて感心した。それは東京に出てきて僕が最初に感心したことのひとつだった。たしかに地図づくりに興味を抱き熱意を持った人間が少しくらいいないことには――あまりいっぱいいる必要もないだろうけれど――それは困ったことになってしまう。しかし「地図」という言葉を口にするたびにどもってしまう人間が國土地理院に入りたがっているというのは何かしら奇妙であった。彼は場合によってどもったりどもらなかったりしたが、「地図」という言葉が出てくると百パーセント確実にどもった。

我深深體會出這世界上的人們果然是有著各種不同的希望。不同的人生目標。

這還是我到東京之后第一次有所感的事情之一。在現今的社會里,對制作地圖有興趣、有熱愛的人少之又少盡管實際上也不需要太多這的確教人很傷腦筋。

但是一個一說出“地圖”兩個字就開始口吃的人會想進國土地理院,實在有點詭異。“突擊隊”并不一定是一開口就會口吃的人,可是只要一說到“地圖”這個字眼,便百分之百,立刻口吃了起來。

 「き、君は何を専攻するの?」と彼は訊ねた。

 「演劇」と僕は答えた。

 「演劇って芝居やるの?」

 「いや、そういうんじゃなくてね。戯曲を読んだりしてさ、研究するわけさ。ラシーヌとかイヨネスコとか、ンェークスビアとかね」

 シェークスビア以外の人の名前は聞いたことないな、と彼は言った。僕だって殆んど聞いたことはない。講義要項にそう書いてあっただけだ。

「でもとにかくそういうのが好きなんだね?」と彼は言った。

「別に好きじゃないよ」と僕は言った。

 その答は彼を混亂させた。混亂するとどもりがひどくなった。僕はとても悪いことをしてしまったような気がした。

“你……你念什么?”他問道。

“戲劇。”我回答。

“戲劇?意思是演戲?”

“不!不是。是讀劇本、研究戲劇。像拉席爾啦、伊友奈斯利啦、莎士比亞的。”

他表示他只聽說過莎士比亞。其實連我自己也幾乎可說是沒聽過。只是作筆記時曾寫過罷了。

“你就喜歡這些?”他問道。

“談不上特別喜歡。”我說。

這個回答使他感到有些困惑。一困惑起來,口吃便愈形嚴重,使我覺得自己似乎很不應該。

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